また肩書きについて他 ― 2011年05月26日 23時41分10秒
福島県のH氏から『直江兼続と関ヶ原─慶長五年の真相をさぐる─』をご恵贈に預かる。

ありがとうございました。読むのが楽しみです。
昼から実家に戻って、半年近い入院で「ぜんぶ忘れた」という父にPCの操作を教えながら、暑中見舞はがき作成の手伝いをする。Vistaなのでよくわからん。
一段落ついたところで、米沢のU氏から電話。講演の際の垂れ幕作成で「肩書きどうしますか?」とのこと。「なくていいです」と回答。
チラシ写真を見たというWさんからひやかしメールが入る。
帰宅すると、石川県の図書館から図版使用許可が届いていた。
昼から実家に戻って、半年近い入院で「ぜんぶ忘れた」という父にPCの操作を教えながら、暑中見舞はがき作成の手伝いをする。Vistaなのでよくわからん。
一段落ついたところで、米沢のU氏から電話。講演の際の垂れ幕作成で「肩書きどうしますか?」とのこと。「なくていいです」と回答。
チラシ写真を見たというWさんからひやかしメールが入る。
帰宅すると、石川県の図書館から図版使用許可が届いていた。
コメント
_ THIS TIME ― 2011年05月28日 19時35分21秒
御無沙汰しております。6/5の講演、出席したかったですよ。米澤前田慶次の末席会員ながら前日の前田慶次の400回忌供養祭に参加し、翌日は最前列で聞くつもりが、仕事でいけません・・・。お願いと質(愚)問があります。お願いは配布する資料を郵送(着払い)していただけないでしょうか?質(愚)問の方は、慶長6年の道中記の途中の諏訪で旧友とくだりは、その旧友がもしかして日根野一族だったのではないかと。根拠までなるものではないですが、日根野氏は諏訪→下野壬生へ移封されています。その中で日根野左京亮高継(日根野高吉次男)は慶長7年美濃国一部7,000石を与えられいます。その領地内に前田慶次の子孫と名乗る「前田の碑」があるのは偶然なのかと?織田家中の日根野氏と前田氏の関係は全然つながらない。滝川氏と日根野氏は長島一向一揆?三楽堂さんはどう思われます?
_ 庵主 ― 2011年05月28日 22時19分38秒
ご無沙汰しております。
当日資料、大したものではありませんがお送りいたしますよ。
メールアドレスを当ブログのコメント欄にお寄せください。(もちろん非公開にしておきます)こちらからご連絡をさしあげたいと思います。
ちなみに今回は「道中日記」をはずしました。やり出すと中山道の途中で時間オーバーになってしまいそうなので。
日根野一族については・・・う〜ん、どうなんでしょう。気安く会っているので、それほど身分のある人物ではないような気が。
当日資料、大したものではありませんがお送りいたしますよ。
メールアドレスを当ブログのコメント欄にお寄せください。(もちろん非公開にしておきます)こちらからご連絡をさしあげたいと思います。
ちなみに今回は「道中日記」をはずしました。やり出すと中山道の途中で時間オーバーになってしまいそうなので。
日根野一族については・・・う〜ん、どうなんでしょう。気安く会っているので、それほど身分のある人物ではないような気が。
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