ヒカリエ ― 2012年05月18日 00時02分51秒
Wさんと渋谷で待ち合わせ。
渋谷ヒカリエに入る。Wさんお気に入りという3階の景観がこれ。
地下鉄銀座線の発着の様子。
渋谷ヒカリエに入る。Wさんお気に入りという3階の景観がこれ。
地下鉄銀座線の発着の様子。

・・・と、間もなく取り壊される東急渋谷駅舎。

いやー、渋谷ヒカリエ、全体を回ってないので、何がどこにあるかまったくわからないが、とりあえず、飲食フロアが禁煙ってのがうれしいです。
渡邊三省氏のこと ― 2012年05月04日 23時06分07秒
渡邊三省氏は新潟の郷土史家である。明治39年小千谷の生まれ。氏の代表作『正伝直江兼続』を参考にさせて頂き、拙著『直江兼続』を上梓したため、2009年にお送りしたところ、震える手で書いたとおぼしき葉書が送られてきた。その件は以前に書いた。
100歳を超える歴史家が昨年秋に亡くなっていたことを知った。
氏は素敵な置き土産を残していってくれた。名著『本庄氏と色部氏』が戎光祥出版から復刊されたのだ。古書で所持していて、すでに多大な恩恵を蒙ってはいたが、これを機会に新版を最初から繙いてみたいと思う。新版にはカバーに本庄繁長の遺品がカラー写真で掲載されているのも魅力だ。
つつしんでご冥福をお祈りいたします。

米沢〜会津〜喜多方 ― 2012年04月29日 23時41分28秒
朝早く起床、S氏夫妻と車で会津へ。もちろん旧道を可能なかぎり使用。S氏いわく、「この道は、景勝ロード」なんだとか。



右手に小高い古墳。その表面にはびっしりと墓石が。
会津へ到着して、慌ただしく朝食。同行者S氏の師匠筋らしい佐藤一男先生宅で歓談。続いてそのお弟子さんになるのかな?石田明夫先生にお会いする。石田先生のお宅を含む集落は小田原北条氏の遺臣を祖先に持つんだとか。窓の外をSLが通過していくのを見てビックリ。
その後、Mさん宅をご訪問。注目のお屋敷を拝見させていただく。
会津へ到着して、慌ただしく朝食。同行者S氏の師匠筋らしい佐藤一男先生宅で歓談。続いてそのお弟子さんになるのかな?石田明夫先生にお会いする。石田先生のお宅を含む集落は小田原北条氏の遺臣を祖先に持つんだとか。窓の外をSLが通過していくのを見てビックリ。
その後、Mさん宅をご訪問。注目のお屋敷を拝見させていただく。
三度の飯はファストフードと車中で食べるコンビニのおにぎりだった。さらば、喜多方ラーメン・・・
米沢に戻ったのは夕方。その前に約束していたS氏宅(同行者S氏とは別人の)へお邪魔。門外不出のお宝を拝見させていただく。も、もしかして、これは活字化されていない!?
米沢に戻ったのは夕方。その前に約束していたS氏宅(同行者S氏とは別人の)へお邪魔。門外不出のお宝を拝見させていただく。も、もしかして、これは活字化されていない!?
白河から米沢まで ― 2012年04月28日 23時37分15秒
朝、S氏夫妻と合流。奥州道中開始。
震災の爪痕残る白河の関(境の明神)

踏瀬の五百羅漢。「前田慶次道中日記」にも描かれる。今や東北自動車道の下敷きに。供養塔の中には鎌倉時代のものもある。以前は彩色された羅漢像もあったらしいが、持ち去られてしまったのかなあ〜


真偽いかに。関ヶ原の前哨戦・上杉家逆転の秘策「白河革籠原決戦」の舞台!?


和歌の名所・安積山。前田慶次は「古来、みんな安積山を歌に詠んだ。そんな名所にやって来て、ここで詠まずに何とする!?」と日記に書き付け、次の一首をものしている。
心あらん人に見せばやみちのくの浅香の山の残るかつみを

安積山は桜満開。

上杉氏の参勤交代の道・旧米沢街道。標柱に「紫の宿」。どんないわれがあるのだろうか?

夜はS氏宅(江戸時代の古民家)へご厄介に。あたりに照明はない山奥で、満天の星や天の川を見たのは何年ぶりだろう。
白河にて ― 2012年04月27日 23時32分28秒
白河に行った。雨の中、市中をそぞろ歩き。夕方だったので、ハコモノは開館時間を過ぎている。白河小峰城は入園だけ間に合った。石垣を中心に震災の影響がひどく、本丸には立ち入りできない。

正面石垣などを中心に被害が大きい。

本降りになってきたが、がんばって丹羽長重廟所まで行く。途中で立ち寄った常瑞寺では、小原庄助の墓、元津軽藩士で新選組隊士となった菊池央(たのむ)の墓を見学した。

左端は戊辰戦争戦死者供養碑、中央が新選組隊士菊池央の墓。菊池は慶応四年閏四月二十五日に二十二歳で戦死した。

丹羽長重廟所。この武将は、関ヶ原合戦では負け組として改易されたが、その後、大名に返り咲いたという、立花宗茂とならぶ稀有の存在。
白河は、鉤形もよく残っていて、雨がひどくなければ、再訪したい城下町だ。
白河は、鉤形もよく残っていて、雨がひどくなければ、再訪したい城下町だ。


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